自己紹介番外編3.~「直感」を磨き、人生をひらく。

前回の記事で「番外編2とはもやは番外編ではないのでは」と書いたにも関わらずの「番外編3」………(笑)。いえもう、本当にすみません。 でもでも、これまた、自己紹介から派生する、そして私にとってはとても大切な人生の転換点。懲りずに……お読みいただけたら……有難さの極みです。



1.転職や就職は、よく考えて……ではない!?

以前にも書いた通り、過去に転職情報誌の編集者をしていた時代がありました。(キャリアコンサルタント資格をとる前です) 週刊誌だったので、毎週毎週の締め切りに奔走しながら、連載記事、特集記事で本当に数えきれないほどの「転職して幸せになった方々」を取材していたんです。今思えば、それはなんとも素晴らしいフィールドワークだった、ということになるのですが………そんな日々の中、あることに気がついたんです。それは、 「人生は直感で決めた方がいいのかもしれない」 ということでした。というのも、当時は、いえ、今もでしょうか、「転職は良く考えて」「就職は良く考えて」と言われますが、私が取材した転職して幸せになった方々は、なんと、「よく考えていなかった」んです。 では何をしていたか、というと、「ピンときてパッと動いた人が転職して幸せになっていた」つまり、「直感を信じて動いた人が幸せになっていた」。 では、よく考えていた人はどうなったかといえば、読者アンケートのコメントを読むと、「自分に合うものは何だろうとよく考えていたら、わからなくなってしまって、今年も動けないままです」とか「条件とか、内容とか、いろいろ考えていたらどれを優先していいのか、悩むばかりです」など、「よく考えると動けない」「停滞してしまう」というのがみえてきたんです。 そこで、「もしかしたら直感を信じて人生を決めた方がいいのではないか?」という仮説を立てて記事企画を立て、編集会議に提出。企画が通ったので記事制作に入りました。 とはいえ、いち編集者がフィールドワークで思ったことをそのまま記事にするわけにもいかず、「直感には意味がある」ということをお話くださる専門家を探すわけです。そうしたら……いらっしゃったんですねえ~。実は、私はのちにこの先生のもとで学ぶことになるのですが、ボディワーク(ソマティックワークともいわれます)という、からだをゲートウェイにして自己理解を深める方法、からだの叡智から世界を広げていく方法の研究者(大学の先生)でした。その先生がおっしゃるには、「直感とは、自分にとって大切なこたえを教えてくれるものです。直感を磨くには、五感を磨きなさい」と。それをもとにつくった記事がこちらです。


著作権に配慮したらボカシだらけになりましたが……(汗) タイトルは「2004年の仕事探し法、直感型転職のすすめ」。(もう16年も前!) この記事は結構反響があり、その出版社内でのエディトリアルコンテスト(編集記事のコンテスト)で賞をいただいたんです。今でも忘れませんが、当時審査員だった、別の雑誌の編集長から、こんな講評コメントをいただいたんです。

「キャリアカウンセリングの領域に「計画された偶発性」という論文があります。「直感」で決める転職とは、決して「安っぽいもの」ではなく、本質に近い行動表現ではないかと思うのです。本来ひとつの記事がこのテーマで切り拓くというより、媒体として会社として取り組んでもよいテーマであるとさえ考えています。そこに気づき企画に取り込んだのは、現場での読者行動に何らかの発見があったからでしょう。そんな編集者の「カン」の良さを感じた記事です」

あまりにも感激して、面識がなかったこの方に御礼メールをしましたら、「これが論文だよ」と添付返信くださいました。開けたら……全部英語!(英語の論文が読めるような力は到底ございませんでした。チーン💦) お詳しい読者のみなさんはお気づきだと思いますが、編集長が書いている「計画された偶発性(Planned Happenstance Theory)」は、キャリア理論の中では今や大変ポピュラーなものです。しかし、当時はメディアなどで取り上げられることもなく、恥ずかしながら私も知らないものでした。 「計画された偶発性」とは、簡単にいうと「個人のキャリアの8割は、予想しなかった偶発的なことによって決定される」という研究結果のもとに立てられた理論です。個人のキャリアは、偶然の連続でできている。そして、目の前にやってきた偶然に対してベストを尽くす経験の積み重ねが、結果的にその人にとって良いキャリアを創り上げる、ということなのです。 詳しく知りたい方は提唱者・クランボルツ博士のご著書をどうそ。 『その幸運は偶然ではないんです!』J.D.クランボルツ著 https://www.amazon.co.jp/dp/4478733244/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_atd4Eb40PVWES

今回、この記事を書くにあたって、編集長の講評をみるべく当時の資料を引っ張り出したのですが、自分の「受賞者コメント」に、当時の私の想いが書かれていて、今読んでもそうだなあ、と、過去の自分に共感(笑)。

<受賞者コメント> 「『好きなこと』を仕事にしなきゃいけない」「目標がしっかりある人が素晴らしい」「自己分析をしてから仕事を探さないと」……そんな概念が蔓延しすぎたあまり、それが脅迫に近いくらいに人のこころをしばる。大袈裟ですが、「絶対そうじゃなきゃいけないのかぁ⁉」と思ったのがことのはじまりでした。そもそも「好き」は理屈でしょうか。(一部抜粋)

この2年後、私は不思議な流れでキャリアコンサルタントの資格を取り(まさにPlanned Happenstance!)、キャリア支援の道に入ります。過去に、こういった膨大なフィールドワークをしていて本当に良かったと、あらためて今、思っています。

2.自分を頼もしく思えないなら、自分の人生など生きられない

この記事をつくったことで、ボディワーク(ソマティックワーク)の探究に入るのですが、このことはまた別の記事でお話しますね。

先に書いたように、この2年後に私はキャリアコンサルタント資格をとり、講演や研修の仕事をはじめるようになりました。その現場でも、ある日素朴な疑問がわいてくるのです。 当時は、大学生の就職活動支援の一環で、某大学でキャリア教育の授業を受け持っていました。また、企業研修でも登壇していました。 その現場で、共通して起こっていたのが、 「今のお話について、どう思いましたか?」 という問いかけに、戸惑う人が一定数いるということでした。 「え?それは、何を答えたらいいのでしょうか?」という反応です。もっと戸惑われる問いかけは、 「今、どう感じていますか?」 でした。これも、「え?それは、何を答えたらいいのでしょうか?」という反応がみてとれました。とくに後者は、戸惑わなくても、「感じていること」ではなく「考えていること」をお答えになる方が圧倒的に多かったんです。ここで私が立てた仮説はふたつ。

①(とくに大学生は)これまでの教育で「正解を答える」ことを訓練され続けてきた。突然、「あなたはどう思うか?」「あなたはどう感じるか?」と聞かれても、何を答えたら正解なのかがわからなくて戸惑う ②もし仮に、人間に「自分の感じていることへアクセスする管」のようなものがあるのだとしたら、それが使われていないため詰まっているか、さび付いている

どちらにせよ、「正しい答え」にアクセスする訓練は多大に行ってきたとしても、「私がどう思ったか、私がどう感じているか」にアクセスする訓練は、多くの方々がされていないのではないか、という仮説が立ったのです。①であれば、どう思うか・どう感じるかを問い続け、それに答えていく訓練を行えば鍛えらえていきますが、問題は②です。その管のつまりやさび付きをどうやってとればいいのか? …………ここでも、ボディワーク(ソマティックワーク)の探究が活きてきました。そう、からだの感覚にアクセスできなければ、「思っていることや感じていること」をキャッチすることなんてできないのです。だって、「思い」や「感じたこと」は、外の世界にはない。自分の内側の世界にしかないのだから。 先述で「直感を磨くには五感(からだ)を磨け」としたように、内側の世界にアクセスするには、自分の身体感覚にひらかれていなければ、到達なんてできません。自分にとって大切な答えは、自分の感じていることが羅針盤です。「感じる」は頭脳の仕事ではありません。「からだの仕事」です。 以前、営業向け研修をやっていた方が、研修の締めに「最終的には、『お客様のことを感じる』ことが大事なんですよ!」とお伝えしたそうですが、後日私に「で、きよのさん、『感じる力』ってどうやって磨けばいいんでしょう」と聞いてこられました。「いやもう、感じる力は、感じないと鍛えられませんよ(笑)」とお答えしたのですが、もう少し丁寧にいえば、「からだの感覚にアクセスして、自己一致していく」ことが、入り口になるのです。


この、「感じる」力は、結果的に、「自己信頼」につながります。「正しさ」から答えを導くのではなく、「私が感じていること」を頼りに答えを導いていく、それはある意味、「自分を頼りになる相棒」と認めていなければ怖くてできないことかもしれません。 これまで、カウンセリングの現場で多くの方々の「どうすればいいんでしょうか」と答えを求める声をお聞きしました。もちろん、相談の場面なのでその声がダメなわけではありませんが、答えを外に求めるのは、「正しい答え」を求めているからです。 けれども、そんなことをしていたら、「自分の人生」を生きることはできません。「誰にとっても正しい人生」など、どこにもないのですから。 *** 自分の人生を生きるには、自分が頼もしい相棒だと気づくことです。 そのためには、からだとの繋がりを取り戻すこと。 からだの賢さ、叡智にリスペクトを向けること。 そのうえで、自分の感じていること、思っていることに耳を傾けること。 時々やってくる直感や偶然(流れ)に、オープンでいること。 あたまが叫ぶ、外側の世界の常識や計画にまどわされないこと。 「常識」などという実態のないものは、 「あなたの源が望む幸せ」にたどり着く助けにはなりません。  ***

これは、キャリアの領域で20年以上仕事をしてきて観えたこと、加えて、私自らが自分の人生を実験台として使い手ごたえを感じてきた、私の真実です。

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